異端論争

人類の歴史上新しいことは常に多くの反対を受け、非難を浴びてきた

人類の歴史を振り返ると、「改革」「革命」「維新」と呼ばれる歴史上のさまざまな出来事は、後世になって初めて高い評価を得ることが多かった。しかし、残念ながら、その当世には、一人あるいは少数の者から始まり、当時常識とされていた理論や慣習と闘いながら、徐々に浸透し、受け入れられてきたのが常であったことを忘れてはならない。

2000年前に新しい神の御言葉を説いたイエス・キリスト、天動説が常識であった時代に地動説を訴えたガリレオ・ガリレイ、宗教改革者として有名なマルティン・ルターなど、多くの人々に認められ、世の中に受け入れられた後には、そうした闘いも美しく語られるが、その過酷さは実際に経験した者しか語ることができないものであろう。

伝統的キリスト教との闘い

朝鮮半島に初めてキリスト教の宣教師が上陸したのは、皮肉にも豊臣秀吉が朝鮮半島に出兵した文禄・慶長の役があった1593年であったとされる。その後、中国経由でキリスト教の書物が輸入され、18世紀後半になって朝鮮半島にもクリスチャンの共同体が生まれ、1900年前後からキリスト教徒の数が増え始め、日本による統治と朝鮮戦争を経て、米国の影響下で韓国では爆発的にキリスト教徒の数が増加した。2005年には、キリスト教徒が人口の3割程度に上り(韓国統計庁の数字に基づく)、韓国を訪ねると、赤い色の十字架が至るところに見られるほどである。キリスト教徒は社会の多数派を形成しており、伝統的なキリスト教派のもつ社会的な影響力は、日本におけるそれとは比較にならない。

そのような背景の中、キリスト教福音宣教会(通称「摂理」)を創始した鄭明析牧師は、一人聖書を手に、1978年6月1日、韓国・ソウルで聖書を教え始めた。彼が教える聖書の解釈は、キリスト教の神学者たちも解けなかった疑問と矛盾に触れ、明快に解き明かすものであり、次第に多くの人々に受け入れられるようになった。ところが、少なからぬ伝統的なキリスト教宗派から、「鄭明析牧師が導く摂理は異端である」と非難され、鄭明析牧師と摂理に対してあらゆる反対活動が起こった。確かに、伝統的なキリスト教から見ると、鄭明析牧師の教えは異質なものと映ったかもしれない。しかし、そうした摂理の教えとは、キリスト教徒やまた非キリスト教徒にとっても、常に疑問とされてきたことの核心に触れているものであり、聖書の中にある疑問を聖書で解き、私たちの人生と生活に非常に近い話なのである。

今、受け入れられ始めた常識的な理論

伝統的なキリスト教の世界からは、はからずも『異端』といわれることの多い摂理の教理だったが、その教理は極めて聖書的である。彼は、死んだ肉体が生き返るという主張に対して、「人間の肉体は一度死んだら再び生き返ることはない。」「生きた人間の体が天に引き上げられることはない。それは肉体の話ではなく、霊魂の話だ。」ということを、聖書を根拠に伝えているのである。聖書が、決して非科学的でも非常識でもない、私たちを永遠の命に導く手引きであることを教えている。

「それでも地球は回っている」と叫んだとされるガリレオ・ガリレイは有名である。かつて、ローマカトリックは天動説を支持していたため、地動説を唱えたガリレオ・ガイレイを異端と認定し、破門した。科学の進歩により、ガリレオが唱えた地動説が正しいことは、すでにとうの昔に科学的に証明されたが、その後も長い歳月がながれ、1992年になってようやくガリレオの破門は解かれたのである。

今に至るまで、多くの聖職者が反対しつつも、摂理の教理を研究しており、異端だとあれほどまでに非難された摂理の教理は、現在多くの教派で取り入れられ、教えられているという。

→「捏造報道」