摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言1)

  1. 日本における反対活動の実態
  2. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (1)
  3. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (2)
  4. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (3)
  5. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言1)
  6. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言2)
  7. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言3)

以下の証言に登場する、「あっこ」または「Aさん」とは、キリスト教福音宣教会(通称「摂理」)に一時所属したのち、摂理の反対者として、10年以上にわたって活動してきた人物である。
さまざまなメディアやウェブサイトで「あっこ@駅長」として、摂理や摂理の創始者である鄭明析牧師に対して、事実無根の誹謗中傷を繰り返してきた人物であり、摂理はこの「あっこ」から計り知れない風評被害を受けてきた。
「あっこ」はウェブサイトにも、「あっこ」が摂理の集まりにおいて同席した時間に、他に多くの人物がいたにもかかわらず、事実に反して、自分が性的被害を受けたといった荒唐無稽な嘘を書いてきたのである。
 すなわち、「あっこ」は、「自分が摂理で性的被害を受けてきた」とゴシップ好きのメディアで発言し、またはインターネットに掲載しさえすればよかった。それが完全な嘘であっても、「あっこ」は何も証拠を提示しなくても、摂理に甚大な被害を与えることができると知っていたのである。

(証言1)「あっこ」の記述に反対する陳述書

20151014

「あっこ」が、インターネットの記事で、1999年7月に摂理(キリスト教福音宣教会)の教祖(摂理の創始者である鄭明析牧師。以下「先生」といいます)に呼ばれたというとき、私は摂理の中の部署活動の一つである、チアリーダーのキャプテンをしていました。「あっこ」もチアリーダーの一員でした。当時、私が先生に、摂理でチア活動をすることがどのように信仰生活と結びつくのか学びたいと話し、先生がチア全体に教育の時間をもってくださることになりました。
この日は1999年7月1日で、本来、この日は、先生が滞在中の大阪府豊中市内の家で、各部署の集まりを持ってくださる予定でしたが、そこにチアの予定も加わることになったのです。その他の部署として、サッカーチーム、指導者の集まりなどが予定にあったかと思います。私は「あっこ」がチアをする前から摂理の中でチアをしていましたが、私がチアを始めて以来、チア全体に時間を出してくださることは初めてのことで、その時が最初で最後だったと思います。
スケジュールが詰まっている中、夕方に先生は 15畳くらいの洋室で、チアのメンバー全体に、丁寧に信仰の教育をしてくださいました。
「チアは、神様に栄光を帰することだ、賛美だけが栄光を帰することではない。人を意識するのではなく、神様だけを意識して踊りなさい」と深い話をしてくださいました。また、一人ひとりに、カードにサインをしてくださり配ってくださいました。サインは「一片丹心(神様に向かうひとすじの変わらない心 )」でした。また、ピザも注文して一緒に召し上がられました。
集まっていた部屋の同じ階のリビングには、先生とお会いするために待機しているサッカーチームや、指導者たちもいたので、早くチアの時間を終わらせようと、指導者である Hさん(ここでは「Hさん」と記載します)も焦っていらっしゃったと思いますが、個人的に話したいことがあるというチアメンバーもいて、私たちからお願いして、先生は個別で会ってくださることになりました。いったん、チアメンバーたちは、その洋室の外の廊下に出て、数人、もしくは一人ずつその洋室に入れ替わりで入りましたが、それぞれ数分間ずつでした。
部屋から出てきた子は、外に待機している子たちと、先生とどのような対話をしたのかおしゃべりをしていました。ある子は「摂理に来る前に男の人と付き合って、(結婚前に純潔を守らずに)性的な関係までしていたことが神様に申し訳ない」と先生に話したら、先生は、「神様を信じないことが一番の罪だから、これからは熱心に神様を信じて、愛していきなさい」とアドバイスをもらった、と涙していました。ある子は、親の反対がひどくて、どうやって信仰生活をしていったらいいのかという相談をしたと言っていました。
「あっこ」が言うように、がんばっている人だけ個別に面談したのではありません。その場にいたチア全員に会って信仰教育をしてくださいました。また、私たちからお願いしてそのような個別で会う時間を全員に持ってくださいました。
とても先生も急いでいたので、個人の時間は数分でした。「あっこ」がいうような服を脱がされることが起こる時間もなかったし、個人面談して部屋から出てきたみんなの様子を、私が廊下で見ていましたが、みんな感動して泣いていたり、うれしくて笑って出てきました。部屋から出てきた「あっこ」も、うれしそうにニコニコして出てきたのを覚えています。「あっこ」が言うように、先生と2人きりになり、緊張する中で服を脱ぎ、上も下も触られ、キスされて部屋を出て行かされたなら、その後も廊下で待ち構えているチアのメンバーたちと笑って話せたでしょうか?
彼女の話が、現実とは全く違うことが衝撃です。

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<「あっこ」の記事。1999年7月1日に関する事実に反する記述(ウェブサイト「S-tation」より)>

私のようにチアリーダーに所属していた人はたいてい関西の指導者である H さんの家に呼ばれました。はじめて呼ばれたのは 1999 年7月。仕事中に彼女から直接携帯電話に電話が入り、一緒に住んでいる友人が入院したと嘘をつき会社を早退しました。
その際決して H さんの家に行くことは誰にも言わないようにと彼女から口止めされました。
教祖はしばらく「チアに時間をだしてあげる」とチアリーダーだけを個室に呼び、なんかいろいろ話をしていました。その後「がんばっている人だけ個別に面談してあげる」と言い、私を含む3人が選ばれ、ひとりずつ部屋につれていかれました。H さんが通訳してくれるかと思っていたのですが、彼女は部屋を出て行き、私は残されました。
教祖は片言の日本語と仕草で服を脱ぐように指示し、私はとにかく教祖と2人きりだという緊張感ばかりで言われるがままに服を脱いでしまいました。そこで上も下も触られ、キスされて部屋を出て行かされました。
扉のすぐ近くに H さんがいたので、今のことを話そうと思ったら「今あったことは絶対に誰にも言わないでね。今のは先生が健康をチェックしてくれたのよ。」と言いました。産婦人科医も触診するというし、あぁそうなのかと思ってしまいました。
私の後に呼ばれた友人ともその後話をしました。「私たちだけあぁやってみてもらえるのは祝福だよね」みたいな話をしたのを覚えています。私は H さんの言いつけどおり、何があったのかは誰にも言わなかったし、その日教組に会っていたことも言いませんでした。
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