元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (3)

  1. 日本における反対活動の実態
  2. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (1)
  3. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (2)
  4. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (3)
  5. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言1)
  6. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言2)
  7. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言3)

Cが脱会し、虚偽の証言をするに至った経緯

Cは1999年7月に、実家に帰ったまま音信不通になりました。しばらくして、「私もどうやら(監禁場所に)連れて行かれるみたいだ」という連絡が教会に入り、その後、8月から10月にかけて70日間、自宅や東京都立川市のアパートの一室で、家族と日本基督教団のA牧師から、監禁による強制棄教を迫られることになりました。

Cが70日間の監禁から出てきてしばらくたった11月下旬のある日、彼女は「会社の同僚と会うといって家を出てきた」と、早稲田教会にやって来ました。N伝道師と私とCの3人で近況等を語り、その後私はCの帰途に同行しながら、1時間あまり2人で対話しました。

Cは「とにかく辛かった。もう何がなんだか分からなくなっていた。監禁中に医者である姉に『今ここに刃物があったら皆を刺し殺してしまうと思うけれど、この精神状態は異常なのか』と聞いたら、『それは異常だ』と言われた」と話していました。また、「部屋の白い壁にイエス様が十字架にかけられている姿が見えた」とも言っていました。長い監禁で精神的にかなり追い詰められていた様子が窺えました。

監禁から自宅に戻ってからはどんな生活をしているのか、と私が聞いたら、「外出はできないし、家の電話も使えない。食欲も睡眠欲もなく、何も考えられなくて、毎日一日中ベッドに横になっている。かろうじて食事をしている。祈ったり聖書を読む力もない。最近、このままでいたら、自分は精神病院に行くことになるのではないかと思う。」と答えました。監禁後も、精神的に衰弱しきっていたのがわかります。

A牧師の話を聞いて、以前の信仰の確信が揺らがなかったのかと聞くと、「鄭牧師の性的スキャンダルをたくさん聞かされたけれど、暴行の被害を訴える女性たちと鄭牧師の間に実際に何があったのかは、その場にいない限り誰にもわからないこと。しかし、私はすでにそういう話を聞いて疑いを持ってしまっている。でも鄭牧師にそのような行為が全くなかったということを証明することは現実的に不可能なことだ。私はこれから一体、どうやってこの疑いを払拭したらいいのかわからない。」と、ひどく思いつめた表情で私に訴えかけてきました。
つまり、この時点で、Cは鄭牧師の性的暴行について、被害体験はおろか、その事実性を確信さえしていなかったのです。

また、「私はS(私)がいなければダメだったと思う。Sも同じように監禁されたのに、それでも戻って来たんだから、Sが戻って来たんだから、摂理は絶対に真実なはずだと思って耐え続けたんだよ!」とも話し、この時だけ、Cは笑顔を見せました。
つまり、この時点で、Cは鄭牧師に対して疑問を抱きつつも、私との個人的信頼関係には何の支障もきたしていなかったことがわかります。
それまでの5年間、Cと私は毎日のように顔を合わせ行動を共にしていたので、彼女の言葉が本心か偽りかは容易に判別できました。そしてこの時の彼女は、確かに全くの本音を吐露していました。 
しかし、このわずか1ヵ月後の12月末に、Cは他のメンバーの家に教会批判の資料を送りつけ、その親に脱会工作を持ちかけていました。また、翌2月には、私の親に電話をし、「Sはまだ教会に通っているから、絶対にやめさせたほうがいい」と言ってきました。また、同じ頃、私が出ると切れてしまう無言電話が数回ありました。
私は11月に彼女と会った別れ際に、自分の携帯番号を彼女に教え、「また外出できた時には必ず連絡してほしい」と念を押し約束しましたが、電話はついに一度もかかってこないまま、いきなり親に密告してきたのです。
70日の監禁でも変わらなかった私たちの信頼関係が、一体どうしていっぺんに破綻をきたしたのか、私には不可解でしたし、電話一本でもくれて、思いや考えを話してくれてもよかったのでは・・・と裏切られた思いでした。
そして、ここまで急激にCの主張を変えさせた要因が何だったのかと悩みましたが、後になって、この空白の1ヶ月の間に、Cは、摂理反対活動組織の中心的人物と出会い、後に結婚していたという事実を知り、それこそが彼女の態度を急変させた最大の要因だったのだと悟りました。

私たちの教会では、学問、スポーツ、芸術など、個性に合った分野で、各自の趣味や特技を生かした信仰生活をしていて、教会でのいろいろな活動も、あくまで本人の自発的な意思でしていました。義務として強制されたことは一度もありませんでした。
そのような環境にあって、Cは、自分の意思や人の意見に対する反論を主張することは全くといっていいほどなく、人の話をあまり分別せずに、その場の雰囲気に迎合し流されがちな様子は、傍で見ていても不安やもどかしさをを感じることが多々ありました。

このように普段の生活の中で、周囲の人間の影響を受け、流されやすかったCが、監禁生活によって精神的に衰弱し、5年間の信仰的アイデンティティが揺るがされる中で、目の前に現れ自分のために熱く脱会を説く男性に惹かれ、その後はすべての判断を相手に委ね、彼の反対活動に追従するようになったとしても、不思議はありませんでした。

以上のように、鄭牧師との面会時の事実関係、監禁体験、C本来の性質、反対活動者である男性との出会いなどから総合的に判断すると、Cが受けたという性的被害についての証言は、著しく信憑性のないものだったと言わざるをえません。

おわりに

この手記は、12年前にCが韓国で起こした損害賠償請求訴訟に対して、その虚偽を指摘する目的で裁判所に提出した証言文を基に再構成したものです。
今回改めて、摂理の信仰とそれに対する迫害、また監禁による強制棄教について思いを致しました。

私は大学2年生のとき、たまさか摂理に出会いました。そして聖書と摂理の教えの中に、はっきりと神様、イエス様を見出せるようになり、摂理での信仰生活を心から楽しんでいました。

しかし監禁では、周囲の大人たちから、あなたは他の教会を知らず、ろくに社会も知らないからそう思っているだけだと責められ、もっと大人になって広い世界を知れば必ず変わると窘められました。
実際その時の私は、摂理での貴重な体験や感動を相対化して表現するだけの言葉を持たず、あそこで自分を取り囲んだ誰一人のことも説得できず、無念にも内心の信仰だけを守って、痛切な無力感と共にそこから出てきました。

あれから14年が過ぎ、この間に私は政治や司法、文学、美術、他の宗教など、社会のなかにある様々な言葉と価値観に触れ、そしてもっと深く聖書を読み、今ではもう少し、自分が最初から今まで経験してきた摂理の価値を、相対的な価値の中に位置づけ、その上でやはり自分が摂理での信仰を選び取る必然的な理由を、自分の言葉で説明できるようになったと思います。

私は、信仰の本質は自由にあると考えます。
自他を問わず、信仰を扱う時にいちばん留意すべきは、その自由を損なわないことだと思います。

同じ宗教団体に属していても、同じ家庭に属していても、人は決して全く同じ道を歩むことはできず、あまりにも各々が異なっています。だからこそ個人は自由なのですが、その自分が背負うしかない自由から生じる不安や困難をコントロールし、これを最善に生かして用いていくために、人は信仰とセットで自分の自由を生きていくのだと思います。

そうであるならば、一体誰が誰の信仰を一概に否定し、批判できるでしょうか。
自分の子どもが摂理に通っているとして、摂理がどんな所なのかをメディアで調べ、詳しいという人の情報を信用し任せるからといって、それで子どもを理解し掴めるのでしょうか。
摂理に通う、目の前にいる子どもが、何を思い何を考えて摂理の信仰を持っているのかを尋ね、子どもの持つ心と考えの自由を信頼して耳を傾けるならば、同じ家庭に属しつつも自分と全く同じなわけではないそのわが子の真意を確認でき、家族としての繋がりを強めこそすれ、その心と考えの核心である信仰を全否定することにはならないはずです。

私は摂理の教会に18年間通った中で、自分の思考と気持ちの自由を放棄し誰かに預けてしまった「盲信者」を見たことがありません。人はそんなに単純な生き物ではないと思います。
よって、やはり、監禁による強制棄教には反対です。また、どんな合法的な手段や表現によってであれ、人の信仰心自体に干渉し、それを失くさせようとする行動にも、同様に反対です。

私は、一度信じてしまったから他の考え方ができなくなって今も摂理にいるのではなく、人間の心と考えについて、いつも摂理の鄭牧師が誰よりも深く正確に教えてくれるから、その摂理の御言葉を離れることができないのです。

なお、私はこの手記に、自分が見て感じたことを体験した通りに書きました。自分の記憶の中にないことは一つも書いてなく、誇張して表現したところもありません。
そして、決して、CさんやA牧師の人格や信仰を、中傷するものではありません。
あんなに親しかったCさんと会えなくなったことは、今でも残念です。
また、もし再びA牧師と聖書や信仰について、自由な議論をできる時があるとしたら、それは望外の喜びです。

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