元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (1)

  1. 日本における反対活動の実態
  2. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (1)
  3. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (2)
  4. 元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (3)
  5. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言1)
  6. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言2)
  7. 摂理の反対者「あっこ@駅長」の記事の嘘と矛盾について(証言3)

C:元信者

S:早稲田大学法学部卒業 Cの親しかった友人

Cとの出会い

私がキリスト教福音宣教会(摂理)に初めて出会ったのは、1995年2月、早稲田大学2年生の時でした。友人の紹介で高田馬場駅近くの早稲田教会に通い、聖書を勉強するようになりました。

Cに出会ったのもその頃で、当時Cも私と同じように、聖書を勉強しに来ており、同じ大学の3年に在学中でした。その後も聖書勉強会に通う中で、頻繁に顔を合わせるようになり、一緒に食事をしたりするうちに親しくなりました。

Cと私は早稲田大学の同期メンバーでほぼ毎日顔を合わせ、スポーツ、芸術活動などで日々時間を共にしていました。Cは私のことを黙示録の聖句になぞらえて『私たちは二本のオリブの木だ』と言い、早稲田教会の中で最も親交の深かった人で、日々対話していました。

鄭牧師への面会時の事実関係

1995年7月、私とCは早稲田教会、筑波教会、自由が丘教会など男女合わせて100名程と共に、初めて韓国を訪れました。ソウルで開催されるスポーツ大会や、プサンで開かれる芸術祭などの行事に参加し、また、鄭明析牧師の説教を聴くことが目的でした。

ソウルのスポーツ大会の後には、鄭牧師が、一人ひとりに果物などを手渡してくれて、私とCが初めて鄭牧師に会ったのはこの時でした。翌日はソウル市内を観光し、景福宮や南大門市場などを訪れ、買い物や食事などをして過ごしました。

続いてプサンで芸術祭があり、演劇や歌などを鑑賞して、プサン市内のホテルに向かいました。ホテルに着くと、次の日のスケジュールを確認したりする簡単なミーティングの後、私はCと他の2人と共に4人部屋に宿泊しました。

その夜に、早稲田教会のリーダーが私たちの部屋に来て、「S,鄭牧師にお会いできそうだから行ってみない?」と声をかけたので、「行ってみたいです。」と答えて私は外出の支度を始めました。

すると横にいたCが、「私も牧師先生に会ったほうがいい気がする」とつぶやいて、その早稲田教会のリーダーに「私も鄭牧師に会いたいので、連れて行ってください」と自ら申し出ました。当時、鄭牧師とは本人が会うことを望めば誰でも会ってもらうことができました。私たちは出かける支度をしましたが、夜も遅くなったので、その日は結局取りやめになりました。

翌日は、午前の飛行機で日本に帰る予定でしたが、「あまり時間はないけれど、牧師に会いに行こう」という雰囲気になり、5名ほどが牧師の宿泊していたホテルを訪れました。「出発までほとんど時間がないから、話したいことはなるべく簡潔にまとめて」と言われたので、車の中でそれぞれ考えを整理しながらホテルに向かいました。

ホテルに着き、少し待ってから、私が牧師の部屋に入ると、牧師はソファに座っていて、笑顔で迎えてくれました。テレビのニュースを見ながら、韓国の社会情勢を説明してくれ、日本の指導者が私の隣りで通訳してくれました。

私は「もっと聖書の御言葉を実践して人格的に成長したいけれど、なかなか難しい」と鄭牧師に相談したら、「じゃあ、お祈りしなくちゃ。」と言って私の頭に手を置いて祈ってくれました。5分間くらいの対面でした。

次にCが面会をしました。私はCと一緒に空港へ向かうため、部屋の外で彼女を待っていました。5分くらいするとCがとても晴れやかな表情で部屋から出てきました。私に左手の手のひらを見せ、鄭牧師がペンでサインを書いてくれたと、嬉しそうにおしえてくれました。Cは、「私は考え事をする時や気をしずめる時には、左手を胸に当てるくせがあるから、左手にサインをしてくれたのも意味があると思う。」と言っていました。

また「牧師がイエス様の話をして下さって、全部Jさんが通訳してくれた」と言っていました。そして、2人で走って車に乗り込んで空港に急ぎました。 この年の秋と翌年の春に、鄭牧師が日本を訪れ、私とCは二度目も三度目も同じ機会に牧師に会うことになりました。いつも2人一緒の部屋に宿泊して過ごしましたが、Cが鄭牧師と一対一で一瞬でも会ったことは、この後一回たりともなかったことを私は確かに記憶しています。

Cはこの初回の対面が、ある韓国人牧師から「あなたは鄭牧師に面会すべきだ」と言われたためであったと、裁判で主張したようですが、上記のように、私はこの時Cの真横にいて、Cが自ら牧師との対面を希望して申し出たのを直接見聞きしていました。そのため、そのような主張は全く事実に反するものです。

さらに、初回の対面の際、通訳のJさんが、鄭牧師がわいせつ行為に及べるようCの肩を強く押さえつけていたため、逃れることができなかったとも主張したようですが、Cと私はそれまで何度もJさんと会ったことがあり、その人格的で敬虔な信仰を信頼していた人でした。もしもCの主張したような強制を受けていたなら、その後Jさんに対して何らかの不信感やわだかまりが残ったはずですが、その後もCのJさんに対する信頼が変わることはなく、会える時にはいつも嬉しそうに会話していました。

この5分ほどの面会の時間は、わざわざ日本から訪れた新しいメンバーを、鄭牧師が温かく迎えてくれ、緊張気味の私たちを気遣い、テレビの話やサインを書いて和ませてくれ、柔和な姿勢でイエス様について語り、祈ってくれた、思い出深い時間でした。Cが訴えたような、牧師の権威を濫用して初対面の信徒を黙らせ、わずかな時間に卑劣なわいせつ行為に及ぶような、おぞましい苦痛の時間では決してなかったことを、私は強く証したいです。

→「元信者Cと強制棄教について ~メンバーSの手記~ (2)」